商業施設閉店の方程式【2】千葉パルコの売上が落ち込んだ2つの原因

前回の続きです。日本ショッピングセンター協会が公表しているショッピングセンター(以下SC)の開店店舗と売場面積のデータをもとに、1963年以降の千葉県内のSC面積の合計の推移を調べました。〔図1〕はその推移を示しています。右肩上がりに年々増加していることは明らかですが、1990年代後半からの上昇率が大きくなっており、大型のSCの開発が短期間で進んだことがうかがえます。

Chiba_SC_Floor_Size

〔図1〕千葉県内のSC合計面積の推移(出所:日本ショッピングセンター協会

人口の増加とともに商業施設が増加してきたと思われますが、両者の関係を示しているのが〔図2〕です。1980年以降、人口とSC面積の増加状況の乖離が年々大きくなっていることが分かります。特に2000年以降はほぼ横ばいの人口に対してSC面積の伸びは大きく、郊外での大型商業施設の開業が相次いだこと、開業後も増床が行われていることが反映していることが分かります。

Chiba_SC_Floor_Size_and_Population

〔図2〕千葉県の人口と千葉県内SC面積の推移(出所:日本ショッピングセンター協会、総務省統計局)

東京新聞の記事「千葉パルコ 閉店 40年ありがとう」によれば、

千葉パルコは一九七六年に開店。東京・池袋や渋谷などに続き全国で六店舗目で、当時若者に人気のアパレルブランドなどを集めた。別館も運営し、ピーク時の九一年度には売上高は二百三十億円に上ったが、近年はインターネット通販や郊外の大型店に流れたため客が減り、昨年度の売上高は五十一億円まで落ち込んだ。

とのことです。

この売上高の下落が、駅を中心とした地域から郊外型の商業施設に買い物の場が徐々にシフトした結果であるとすると、その原因は“駅周辺の地域の商業面の力が低下したこと”と、“千葉パルコ自体の要因”の2つに分解できます。

続きは来週月曜日のブログで。