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学習塾・予備校多店舗化の危険な兆候1|『臨海セミナー』問題の根本的な原因

最近、yahooニュースを見ても驚かなくなることが増えてきたように思います。こちらも、やはりそうか、というニュースです>“大手学習塾「臨海セミナー」に同業19社が抗議 「悪質勧誘」「合格者水増し」告発される”(12月10日JCASTニュース)。

この塾は、縁があって注目していて、長男を通塾させていたくらいでした(が、思うところがあり、親子で話し合って、最近塾を変えました)。言いたいことがいろいろあったので、ブログに書こう書こうと思っていたら、ニュースに先を越されてしまいました。

この塾がこうなってしまった理由は様々あると思われますが、根本的な原因は、会社の方針とそれに付随した“多店舗化の方法”にあったように思えてなりません。

同社はこれまでの出店の軌跡をHPの会社沿革で、また、会社概要では2001年以降の売上高の推移までもご丁寧に掲載してくださっております。せっかく材料を用意していただいたので、久しぶりに学習塾業界について再考したいと思います(当ブログの学習塾・予備校出店に関する過去記事はこちら)。

手始めに、『臨海セミナー』の初期の多店舗化の様子を振り返ります。会社沿革によれば、1992年までの展開は下記のとおりです。

  • 1974年(昭和49年) 9月      前身 さくら塾(現上中里校)創業
  • 1980年(昭和55年) 3月      臨海セミナー設立開校 富岡校 開校
  • 1984年(昭和59年) 10月    本郷台校 開校
  • 1986年(昭和61年) 1月      岡村校 開校
  • 1987年(昭和62年) 11月    芹が谷校 開校
  • 1988年(昭和63年) 2月      洋光台校 開校
  • 1989年(平成元年) 4月        金沢文庫東校 開校
  • 1990年(平成2年) 3月       能見台校 開校
  • 1990年(平成2年) 11月     東戸塚校 開校
  • 1992年(平成4年) 4月       港南台校 開校

これらの校舎名からどのあたりが地盤の塾かお分かりの方は少ないと思われますが、神奈川県横浜市内、しかも南部、が主な地盤の塾でした。中にはかなりローカルな地名も含まれており、中学生を主な対象とした塾が、地域密着の健気な拡大をしている様子がうかがえます。

古い話、かつ個人的な話で恐縮ですが、私は1992年開校の校舎「港南台校」で、同年夏から4年弱のあいだ時間講師としての経験を積ませていただきました。懐かしさもありますが、それはさて置いて、その後の30年弱の間にこの塾がどのような教室拡大の軌跡を辿ったのか振り返りつつ、弊社の学習塾の多店舗化に関する考え方に照らし合わせながら、考察を加えてみたいと思います。

続きは次回のブログで。

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