商売の観点で歴史を振り返る【6】司馬遼太郎著『新史太閤記』にチェーン店多店舗化を学ぶ

前回に続き、“歴史に学ぶ”シリーズです。今回は、羽柴秀吉と“国立(くにたち)”の関係?ということで、上巻373ページです。

「豊臣」の前に、秀吉は「羽柴」という姓を名乗っていまいた。これはどういう意味なのかと思っていたら、なるほど、“国立(くにたち)”と同じか、と思わされた記述がありました。

「はい、羽柴というのはいかがでございましょう」と、文字を差し出した。これには信長もあごがはずれるほどに笑った。なんと芸のない姓のつけ方であろう。織田家の重臣である柴田勝家と丹羽長秀の二姓一字ずつをとっただけのことではないか。

国分寺市と立川市の二市一字ずつをとったのが“国立”です。それと同じということです。

こうして名付けられた例をほかにご存じですか?

皆さんご存知と思われる例を一つ。

お恥ずかしい話ですが、私は2006年くらいまで東京都大田区を“太田区”と書くと思っていました。“大田区”とはなぜかと思っていたところ、ある同僚に教えてもらいました。「大田区は二区、つまり大森区と蒲田区、が合わさったもので、その一字ずつをとったため大田区となった」そうです。確かに大森という駅は今でもあり、納得したのを覚えています。

さて、こういう名付け方を信長はどう評するか?

「うぬは、詞藻がない」

「元町・中華街」などとなると、安直すぎて、激怒されたかもしれませんね。

続きは次回のブログで。