■ 連載「新しいエリア戦略」第2回 ■ 連載プロローグ 第1回

地図を見ると、市区町村には明確な境界線があります。
川口市。蕨市。戸田市。
統計を扱ううえでは、それぞれ別の自治体です。
人口も、世帯数も、所得も、それぞれ別々に集計されています。

ところが実際に街を歩いたり車で移動したりすると、
「ここから別の市場になった」とは感じない場所があります。
埼玉県南部の蕨市、戸田市、川口市は、そのことを考えるうえで分かりやすい地域です。

市境を越えても街が続いている

蕨市は東京都心から約20kmに位置し、川口市、戸田市、さいたま市に囲まれています。
市域はほぼ平坦で、蕨市自身が策定した中心市街地活性化プランでも、「周辺市の市街地と連続する形で住宅市街地が形成されている」とされています。

戸田市についても、市の資料を見ると、特に川口市・蕨市との市境周辺には人口密度の高い地区が広がっています。

さらに川口市も、荒川を隔てて東京に接し、西側では戸田市と蕨市に接する、都心10~20km圏の都市です。

行政上は3つの市です。しかし、消費者から見れば、
「今日は蕨市で買い物をする」
「明日は川口市で食事をする」
というよりも、鉄道、道路、駅、商業施設などを使いながら日常的に市境を越えて生活しています。
道路を一本渡ったところで自治体が変わっても、それだけで消費行動が変わるわけではありません。

統計の境界と消費者行動の境界は違う

ここに店舗開発で注意すべき点があります。

例えば蕨市の人口だけを取り出して、
「この市の人口は何万人だから市場規模はこの程度」と判断したとします。
統計上は正しい分析です。

しかし、店舗の商圏が市境で止まるとは限りません。
蕨市内にある店舗でも、川口市や戸田市から来店する可能性があります。
逆に蕨市民の需要が川口市や戸田市の店舗へ流れることもあります。つまり、
自治体人口=その地域で獲得できる需要ではありません。

行政区域は統計を整理するための境界ですが、店舗商圏は消費者の移動によって形成されるからです。

自治体は「分析単位」だが「戦略単位」とは限らない

とはいえ、市区町村データを使わない方がよいという話ではありません。
むしろ全国を同じ基準で比較するとき、市区町村ほど便利な単位はなかなかありません。
問題は、その後です。

私は最近、自治体は「分析単位」ではあるが、必ずしも「戦略単位」ではないと考えています。

分析の出発点として、
蕨市人口○万人
戸田市人口○万人
川口市人口○万人
と整理する。
ここまではよい。

しかし店舗網を設計する段階では、
「蕨市には何店舗」「戸田市には何店舗」
と自治体単位のまま考えるのではなく、
実際にはどこからどこまでが連続した市場なのかを見直す必要があります。

行政界を越えた「市場カバー」で考える

例えば、あるチェーンがこの地域へ初出店するとします。

候補物件が蕨市にあるからといって、「蕨市への出店」とだけ考えると、物件の意味を狭く捉えてしまう可能性があります。

本来確認したいのは、
その立地からどこまでアクセスできるのか。
周辺の人口はどちらの方向へ連続しているのか。
鉄道や幹線道路がどの方向へ伸びているのか。
競合店舗はどこに配置されているのか。
そして、自社の次の店舗をどこに置けば市場を効率よくカバーできるのか。
ということです。

自治体の境界ではなく、店舗から見た需要の連続性を見る必要があります。

これはドミナント戦略にも関係します。
「A市に3店舗出したからドミナント」なのではありません。
隣接するB市との境界を越えて同じ生活圏が広がっているなら、A市とB市をまとめて店舗網を考えた方が合理的かもしれません。

逆に、一つの自治体の中で市場が切れることもある

ここで重要なのは、行政界を無視すればよいということでもありません。

今回の蕨・戸田・川口のように、市境を越えて市街地が連続する場合もあれば、反対に一つの自治体の中で市場が分断される場合もあります。
山。川。鉄道。高速道路。旧市町村。複数の中心市街地。
こうした要因によって、同じ市の住民でも日常の行動先が大きく違う場合があります。

つまり、市場は自治体より大きくなることもあれば、自治体より小さくなることもある。
ここが重要です。

市区町村をそのまま市場と考えている限り、この違いを捉えることができません。

境界線を見るのではなく、人のつながりを見る

これからのエリア戦略では、「市境がどこにあるか」だけではなく、
「どこまで市場がつながっているか」を見る必要があります。

自治体境界は一本の線で描けます。
しかし市場の境界は、それほど明確ではありません。

むしろ、
人口分布。市街地の連続性。道路。鉄道。買い物動線。都市間の関係。
などを重ねながら、少しずつ見つけていくものではないでしょうか。

次回は、さらに難しいケースを考えます。

大都市と強くつながっている都市は、すべて大都市の「ベッドタウン」と考えてよいのでしょうか。
札幌市に隣接する小樽市を例に、
「独立性」と「接続性」は両立するという話をします。