最近、「新しいエリア戦略」というテーマで、自治体をそのまま市場として捉えるのではなく、人口分布や地域間のつながりから出店エリアを考え直す作業をしています。

そのブログを書いている途中で、久しぶりに『民力』のことを思い出しました。
そして、もう一つ思い出したものがあります。商業統計です。
店舗開発や商圏分析に長く携わってきた方には、どちらも懐かしい名前ではないでしょうか。

『民力』も商業統計も、かつて地域を分析するときには当たり前のように使っていた資料です。ところが、いつの間にか両方とも姿を消しました。

改めて調べてみると、これは単に「昔使っていた統計がなくなった」という話ではありません。
店舗開発の実務から見ると、地域を長期間、同じ物差しで観察するための基盤が失われたという出来事だったように思います。

『民力』には、自治体を超えた便利な「地域」があった

朝日新聞出版の『民力』は、2015年版を最後に刊行を終了しました。
『民力』には人口や世帯数、所得、商業など膨大な地域データが収録されており、弊社でもCD-ROM版を毎年購入していました。

しかし、今振り返ると、データそのものと同じくらい便利だったものがあります。
「地域流通経済圏」というエリア区分です。
以前の弊社の出店戦略プロジェクトでも、この区分を使っています。

『民力』編集部などによる地域流通経済圏の考え方では、全国を110のエリアに分け、さらに東京・大阪・名古屋の大都市狭域については44地域に細分していました。

特徴的なのは、都道府県境にこだわらないことです。

人口の流入・流出、転入、商品流通、通勤・通学、購買行動、交通条件などを見ながら、生活・産業・経済的なつながりが強い地域をまとめていました。弊社が2023年のプロジェクトで首都圏を分析した際にも、東京狭域を27地域に区切って店舗網を評価しています。

今の言葉でいえば、かなり「市場構造」に近い発想です。

自治体人口だけでは市場が見えない、という今回の「新しいエリア戦略」の問題意識を、実は『民力』は以前からかなり実務的な形で解決してくれていたわけです。だからこそ、刊行終了は今考えても惜しい出来事でした。

商圏の「強さ」を見るのに便利だった商業統計

もう一つ、店舗開発で重宝していたのが商業統計です。商業統計は、卸売業・小売業の実態を長年にわたって調査してきた国の統計です。
店舗開発の実務では、とりわけ市区町村別の年間商品販売額が使いやすい指標でした。

人口10万人の都市が二つあったとしても、両方の商業集積が同じとは限りません。周辺市町村から買い物客を集めている都市なら、居住人口以上の小売販売額になります。反対に、大都市へ買い物需要が流出している都市では、人口の割に販売額が小さくなることがあります。

つまり年間商品販売額を見ることで、その自治体が周辺需要を吸引しているのか、流出させているのかを推測することができました。人口だけでは分からない「商業的な強さ」を見るための非常に便利な指標だったのです。

売上予測モデルを構築するときにも、地域の商業ポテンシャルを表す変数として利用価値がありました。

実は、飲食店の商業統計はもっと早くなくなっていた

商業統計でもう一つ便利だったのが、一般飲食店を対象とする「丙調査」でした。経済産業省の記録によれば、これは平成4年、つまり1992年調査を最後に中止されています。

しかも経産省の沿革には、その前段として「財政上の事情により」卸売・小売業の調査と飲食店調査を分離したことも記録されています(経済産業省)。当時の『商業統計表 一般飲食店』も平成4年版まで刊行されていたことが確認できます(CiNii)。

なぜか?当時は、飲食店は調査員が数字を集めること自体が難しく、調査コストの問題が大きかったと聞いていましたが、今となっては確認できません。いずれにせよ確実に言えるのは、飲食店の地域別販売額を全国一律の方法で継続的に把握できる便利な統計が、この時点で一つ失われたということです。

飲食店の売上は、街の商業力を見るうえでも非常に面白い数字でした。
住宅都市なのか。周辺から人を集める中心都市なのか。繁華街・観光地としての力が強いのか。
人口だけでは見えない地域特性が出やすいからです。

そして2014年、商業統計そのものが最後を迎えた

その後も卸売・小売業を対象とした商業統計は続きましたが、単独の「商業統計調査」としては平成26年、つまり2014年調査が最後となりました。

経済産業省によれば、その後は経済統計の体系的整備を目的として、経済センサス‐活動調査や経済構造実態調査へ統合・再編されています(経済産業省)。

ここは少し注意が必要です。
「商業統計がなくなったので、小売業の年間商品販売額や売場面積も一切分からなくなった」というわけではありません。

現在の経済センサス‐活動調査でも、市区町村別に、事業所数、従業者数、年間商品販売額、売場面積を確認することができます(e-Stat)。ですから、情報そのものが消滅したわけではありません。

それでも実務家としては、「商業統計がなくなった」という感覚があります。その理由は、連続性です。

統計は存在しても、「同じ物差し」が続くとは限らない

店舗網の分析では、ある一時点の数字を見るだけでは不十分です。
10年前と比べて、この都市の商業力は上がったのか。周辺都市との関係は変わったのか。人口減少以上の速度で商業販売額が落ちているのか。新しい商業集積が形成されているのか。こうした変化を追います。
そのためには、同じ定義、同じ調査方法による長期データが非常に重要です。

ところが商業統計は、最後の2014年調査の段階ですでに、2007年調査との間で日本標準産業分類の改定や調査設計の大幅変更があり、経産省自身が「数値は接続していません」と注意を促しています(経済産業省)。

経済センサスへ移行すれば、さらに調査体系も変わります。

数字はあります。しかし、昔から同じ数字をそのまま一本の時系列として追えばよい、とはいかない。実務上の残念さはここにあります。

『民力』と商業統計に共通して失われたもの

『民力』と商業統計はまったく別のものです。しかし、店舗開発の立場から見ると、両方の終了には共通するところがあります。

『民力』で失われたのは、自治体を超えて市場を捉える、使いやすい地域の物差し。商業統計で失われたのは、地域の商業力を長期に同じ視点で追うための物差し。だったのではないでしょうか。

今は当時より圧倒的に多くのデータがあります。
500mメッシュ人口もあります。人流データもあります。GISも格段に進化しています。さまざまなオープンデータもあります。そして生成AIによって、大量の地域データを整理することも以前よりはるかに容易になりました。

それでも、「全国をどういう市場単位に分けるか」という問いについては、昔より簡単になったとは言い切れません。データが増えたことと、判断のための物差しが存在することは別だからです。

だから、もう一度「エリア」を作り直す必要がある

今回、弊社で「新しいエリア戦略」を考え始めた背景には、この問題があります。
自治体をそのまま市場として扱うには無理がある。しかし『民力』の地域流通経済圏はもう更新されない。
公的統計には都市圏などの区分もありますが、店舗開発のために全国を細かく評価できる共通の戦略単位が用意されているわけではありません。

であれば、人口分布。自治体間の接続。道路・鉄道。商業集積。周辺地域への吸引力。店舗網として市場をカバーするために必要な店舗数。
こうしたものを改めて組み合わせながら、店舗開発に使えるエリアを考える必要があります。

昔の『民力』をそのまま復活させたいわけではありません。むしろ、当時便利だった考え方を、現在利用できるデータと分析技術でもう一度作り直す。それが必要なのではないかと思っています。

統計やデータベースは、なくなった瞬間よりも、何年か経ってからそのありがたさに気づくことがあります。
『民力』も商業統計も、店舗開発に携わってきた人間にとっては、まさにそういう存在なのかもしれません。
そして、こうした「昔は当たり前に使えた地域の物差し」があったこと自体、そろそろ記録しておかないと忘れられてしまいそうです。今回この記事を書いたのも、その意味があります。

これから考える「新しいエリア戦略」は、まったくゼロから生まれるものではありません。
過去に蓄積された地域分析の知恵を振り返りながら、今の店舗開発に合う形へ組み直していく。その作業でもあると考えています。