前回に続く連載、最終回です。店舗開発では、一つひとつの物件を評価します。
商圏に需要があるか。売上が見込めるか。賃料は適正か。投資を回収できるか。競合に対して優位性を持てるか。
これらは、出店判断に欠かせません。
しかし、チェーン企業が多店舗化を進める場合、個々の店舗が成立しているだけでは十分ではありません。
- どの地域に出店するのか。
- どの順番で店舗網を広げるのか。
- 一つの市場に何店舗配置するのか。
- 既存店とのカニバリをどこまで許容するのか。
- 出店、移転、退店、統合をどのように組み合わせるのか。
店舗網全体をどう設計するかが、企業の成長を左右します。
生成AIによって、物件情報の整理や候補物件の比較は速くなります。売上予測の前提確認や会議資料の作成も、以前より効率化できるでしょう。
だからこそ、店舗開発担当者には、個別物件を処理するだけではなく、店舗網全体をどのような形にするのかを考える役割が求められます。
連載最終回では、店舗網をブランドを伝えるメディアとして捉える視点、出店時点から出口の選択肢を考える必要性、そしてAI時代の店舗開発担当者に求められる役割について考えます。
店舗網は、店舗の一覧ではない
企業の店舗網を確認するとき、店舗名、所在地、開業日、売上などが記載された一覧表を見ることがあります。
もちろん、店舗一覧は管理上必要です。
しかし、店舗網は、単に個々の店舗を並べたものではありません。
- 店舗がどの地域に配置されているか。
- 特定の市場にどの程度集中しているか。
- 店舗同士がどのようにつながっているか。
- 顧客がどの程度利用しやすい状態になっているか。
- 競合に対して、どの程度のプレゼンスを持っているか。
こうした関係性を含めて見る必要があります。
たとえば、10店舗を展開する企業が二つあったとします。
一社は、一つの都市圏に10店舗を集中させています。
もう一社は、全国の10都市に1店舗ずつ出店しています。
店舗数は同じです。しかし、店舗網の性質は大きく異なります。
前者は、特定地域で認知や利便性を高めやすく、店舗管理や人材配置の効率も高めやすいと考えられます。
後者は、広い地域でブランドとの接点をつくれる一方、各地域での認知が弱く、管理や物流の負担が大きくなる可能性があります。
店舗数だけでは、店舗網の強さは分かりません。重要なのは、
店舗がどの市場に、どの密度で、どのような順序で配置されているかです。
店舗網はブランドを伝えるメディアである
店舗は商品やサービスを提供する場所ですが、それだけではありません。
顧客にブランドの存在を伝える媒体でもあります。
- 日常生活の中で何度も店舗を見かける。
- 通勤や買物の途中でブランドに接触する。
- 複数の街や商業施設で同じブランドを目にする。
- 実際に利用しなくても、店舗の存在を認識する。
こうした接触の積み重ねによって、ブランド認知や安心感が形成されます。
その意味で、店舗網は一種のブランドメディアです。
広告は一定期間で終了しますが、店舗は営業を続ける限り、その場所でブランドを発信し続けます。
ただし、店舗が増えれば、必ずブランドが強くなるわけではありません。
ブランドに適した場所へ、一定のまとまりを持って店舗が増えれば、市場でのプレゼンスが高まりやすくなります。一方で、店舗網が過度に分散すると、各地域での存在感が弱くなる可能性があります。
また、立地や店舗外観に一貫性がなければ、顧客がブランドをどのように理解すればよいか分からなくなることもあります。
都市型の高感度な商業施設に出店した直後に、ブランドとの関係が分かりにくい郊外施設へ進出する。
高価格帯の店舗と値引き訴求の強い店舗が、説明なく混在する。
地域ごとに店舗の見え方や利用方法が大きく異なる。
このような出店が続くと、店舗数は増えても、ブランドの印象は強まらない可能性があります。
店舗網をブランドメディアとして考えるなら、出店数だけでなく、
- どの市場で見られるのか
- どのような立地で見られるのか
- どの程度の頻度で接触されるのか
- 店舗間で一貫した印象をつくれているか
- ブランドらしさが伝わっているか
を確認する必要があります。
店舗網の拡大では「面」と「密度」を分けて考える
多店舗化では、店舗網の面的な広がりと、地域内の店舗密度を分けて考える必要があります。
面的な広がりとは、どの程度の地理的範囲に出店しているかということです。
- 一つの都市に限定しているのか。
- 複数の都市圏に進出しているのか。
- 全国規模に展開しているのか。
一方、店舗密度とは、一つの地域にどの程度の店舗を配置しているかということです。
同じ50店舗でも、5都市に10店舗ずつ出店する企業と、50都市に1店舗ずつ出店する企業では、店舗網の構造が異なります。
多店舗化では、面を広げるだけではなく、進出した市場を一定の密度でカバーする必要があります。
新しい地域に1店舗を出しただけでは、その市場でブランドが定着するとは限りません。
利用できる顧客が限られ、認知も十分に広がらず、広告や管理の効率も高まりにくいからです。
その地域で追加出店を行い、顧客との接点を増やすことで、市場浸透が進みます。
一方で、店舗密度を高めすぎると、既存店同士で売上を奪い合うカニバリが生じます。
したがって、店舗網戦略では、市場を広げることと、進出した市場を深くカバーすることを同時に考えなければなりません。
単に「空白地域だから出店する」という考え方では不十分です。
- その市場に何店舗まで出店できるのか。
- どの順番で配置するのか。
- どの時点で次の市場に移るのか。
- 既存市場への追加出店と新市場への進出を、どのように配分するのか。
この設計が必要になります。
多店舗化の序盤ほど、出店順序が重要になる
店舗数が少ない段階では、一つの出店が店舗網全体に与える影響が大きくなります。
1号店が話題になり、商業施設から多くの出店依頼が来ることがあります。
東京で人気が出たブランドに、大阪、名古屋、福岡などの商業施設から誘致の声がかかることも珍しくありません。
条件の良い提案を受けると、早い段階から広域展開を進めたくなります。
しかし、ブランド認知が十分に形成されていない段階で店舗網を広げすぎると、各地域での存在感が弱くなる可能性があります。
人材採用や教育、物流、店舗管理の負担も増えます。
各地域に1店舗ずつしかなければ、追加出店による相乗効果も生まれにくくなります。
出店機会がある場所に順番に出店した結果、店舗網が点在し、どの市場でも十分な密度を持てない状態になることがあります。
これは、店舗数が少ない企業ほど避けたい店舗網の広がり方です。
多店舗化の序盤では、どこに出せるかよりも、
どこを起点に、どの市場を優先して広げるか
を考える必要があります。
すぐに出店できる物件が、店舗網形成にとって最も適切な物件とは限りません。
出店の機会に反応するだけではなく、将来の店舗網から逆算して、出店順序を決める必要があります。
良い物件でも、今は出さない判断がある
店舗開発担当者は、良い物件を見つけると、何とか出店につなげたいと考えます。
希少性の高い立地であれば、次に同じような物件が出る保証もありません。
しかし、個別には魅力的な物件でも、現在の店舗網戦略に合わない場合があります。
- 既存店舗から離れすぎている。
- 新しい地域を管理する体制が整っていない。
- その市場で追加出店できる見込みがない。
- ブランド認知を高めるための投資余力がない。
- 他に優先すべき市場がある。
このような場合には、良い物件であっても、出店を見送る判断が必要です。
店舗開発では、「良い物件を逃した」という感覚が強く残ります。
しかし、企業全体から見れば、店舗網の方向性を乱す出店を避けることも重要です。
物件の評価と、出店時期の評価は分けて考えるべきです。
「物件としては良い。しかし、今は出店するべきではない。」
この判断ができることも、店舗網戦略を持つ店舗開発部門の重要な役割です。
出店は入口だけでなく、出口まで含めて考える
出店判断では、開業までの条件に意識が集中しがちです。
賃貸借契約を締結する。設計、工事を進める。人材を採用する。開業販促を行う。
しかし、店舗は一度出店すれば、必ず長期間営業を続けられるとは限りません。
売上が計画を下回ることがあります。周辺環境が変化することもあります。競合店舗が増える場合もあります。商業施設の集客力が低下する可能性もあります。企業のブランド戦略や業態そのものが変わることもあります。
そのため、出店時点から、うまくいかなかった場合の選択肢を考える必要があります。
退店できるのか。移転できるのか。区画を縮小できるのか。別業態へ転換できるのか。別ブランドで活用できるのか。第三者へ承継できるのか。
出店は、入口だけでなく出口まで含めた投資判断です。
売上が見込めることだけでなく、想定と違った場合に、どの程度の柔軟性が残るかを評価する必要があります。
退店コストは、原状回復費だけではない
退店コストというと、原状回復費や違約金が注目されます。
しかし、実際の退店には、より多くの負担が伴います。
従業員の配置転換。設備や在庫の処理。取引先との調整。顧客への説明。閉店によるブランドイメージへの影響。舗網に生じる空白。残った既存店への影響。
地域で複数店舗を展開していた場合、1店舗の退店によって、顧客の利便性や市場カバーが大きく低下することがあります。
一方で、店舗網が過密になっている場合には、1店舗を閉鎖しても、近隣店へ顧客を誘導できる可能性があります。
つまり、退店の影響も、個店だけではなく店舗網全体で考える必要があります。
どの店舗を残し、どの店舗を移転し、どの店舗を統合するか。
これは、不振店を順番に閉めるという単純な問題ではありません。店舗網全体を再設計する問題です。
すぐに退店する以外の選択肢を持つ
売上が低迷した店舗について、営業継続か退店かの二択で考えることがあります。
しかし、実際にはその中間に複数の選択肢があります。
- 店舗面積を縮小する。
- 提供商品やサービスを変更する。
- 営業時間を見直す。
- 予約型やショールーム型へ転換する。
- 別業態に変更する。
- グループ内の別ブランドで活用する。
- 近隣のより良い物件へ移転する。
立地自体には一定の価値があるものの、現在の業態が合っていない場合もあります。
また、契約条件や設備が、別業態には適していることもあります。
店舗網戦略では、既存店舗を「継続するか、閉めるか」だけで評価するのではなく、
その立地資産を別の形で活かせないかを考える必要があります。
生成AIを使えば、店舗の売上、商圏、顧客構成、周辺競合、契約条件などを整理し、転換可能性の候補を出すことができます。
ただし、AIが提示する業態転換案は、あくまで選択肢です。
実際に自社のブランド、運営力、人材、設備で実行可能かどうかは、人間が判断しなければなりません。
AIは店舗網全体の把握を支援できる
店舗網が拡大すると、個々の店舗を人間の記憶だけで把握することが難しくなります。
各店の売上。商圏特性。競合状況。賃貸借契約の期限。設備の老朽化。改装履歴。近隣店舗とのカニバリ。人材配置。移転や退店の候補。
こうした情報を統合して確認する必要があります。
生成AIは、店舗ごとに散在する資料を整理し、店舗網全体の論点を抽出する支援に活用できます。たとえば、
- 売上が低迷している店舗に共通する立地特性を整理する。
- 契約更新が近い店舗を一覧にする。
- 既存店同士の商圏重複が大きい地域を抽出する。
- 追加出店の余地がある市場を検討する。
- 移転、改装、退店の優先順位を考える。
- 過去の出店判断と結果を比較する。
このような使い方が考えられます。
ただし、AIに店舗データを入れれば、自動的に店舗網戦略が完成するわけではありません。
- どの市場を優先するのか。
- どの程度の店舗密度を目指すのか。
- カニバリをどこまで許容するのか。
- 売上以外の戦略的役割をどう評価するのか。
- どの時間軸で店舗網を変えるのか。
こうした判断基準は、企業自身が決める必要があります。
AIは、店舗網の状態を把握し、選択肢を整理することはできます。しかし、目指す店舗網の姿を決めるのはもちろん、人間です。
AIには店舗ごとの評価ではなく、関係性を問う
AIを店舗開発に活用するとき、個々の店舗について質問するだけでは、店舗網戦略にはつながりません。
「この店舗の問題点は何か」「この物件は出店に適しているか」
という問いに加えて、店舗同士の関係を問う必要があります。
- この店舗は、近隣店の売上にどの程度影響しているか。
- この地域への追加出店で、市場カバーはどう変わるか。
- この店を退店した場合、どのエリアに空白が生じるか。
- この市場は、さらに店舗密度を高めるべきか。
- この出店は、次の出店につながる起点になるか。
- 現在の店舗網は、特定の地域や立地に偏りすぎていないか。
店舗網の強さは、個店評価の合計だけでは分かりません。
店舗同士がどのような関係にあり、全体としてどのように市場をカバーしているかを見る必要があります。
AI時代の店舗開発では、AIに店舗を一つずつ評価させるだけでなく、店舗間の関係と店舗網全体の構造を問い直すことが重要になります。
店舗開発担当者は、物件担当者から店舗網戦略担当者へ
従来、店舗開発担当者の役割は、物件情報を集め、候補物件を評価し、契約と開業を進めることだと理解されることが多くありました。
もちろん、これらの実務は今後も必要です。
物件所有者や商業施設との交渉。契約条件の調整。社内関係部署との連携。開業スケジュールの管理。
AIだけでは代替できない業務も数多くあります。
一方で、物件情報の整理や資料作成が効率化されると、店舗開発担当者には、その先の役割が求められます。
- 個別物件を見るだけではなく、店舗網全体を見る。
- 出店だけでなく、移転、退店、統合を一体で考える。
- 短期的な売上だけでなく、長期的な市場浸透を見る。
- 店舗数だけでなく、面と密度を見る。
- 物件の機会に反応するだけでなく、出店順序を設計する。
つまり、店舗開発担当者は、物件を獲得する担当者から、店舗網を設計する担当者へ役割を広げる必要があります。
これは、現場の物件情報から離れて、抽象的な戦略だけを考えるという意味ではありません。
現地を知り、物件を知り、顧客の行動を知る担当者だからこそ、実行可能な店舗網戦略をつくることができます。
AI時代の店舗開発は、店舗網最適化へ向かう
生成AIは、店舗開発担当者の仕事をなくすものではありません。
物件情報の整理。商圏データの要約。競合情報の分類。現地調査メモの構造化。出店稟議書の下書き。既存店舗データの比較。
こうした作業は、今後さらに効率化されるでしょう。
しかし、作業が速くなっただけでは、良い店舗網はできません。
どの市場へ進出するのか。進出した市場に、どの程度の店舗密度をつくるのか。どの順番でエリアを広げるのか。出店と退店をどう組み合わせるのか。店舗網を通じて、ブランドをどう見せるのか。うまくいかなかった場合に、どの選択肢を残すのか。
こうした判断が必要です。
AI時代の店舗開発で差がつくのは、物件をどれだけ速く処理できるかだけではありません。
一つひとつの店舗を、店舗網全体の中でどのように位置づけるかです。
店舗開発とは、単に売れる場所を探す仕事ではありません。
ブランドをどの市場に、どの順番で、どの密度で広げるかを設計し、出店、移転、退店、統合を通じて店舗網を最適化する仕事です。
生成AIの活用によって目指すべきものは、店舗開発業務の単純な自動化ではなく、
店舗網戦略と出店判断の高度化ではないでしょうか。