日本撤退ブランドの敗因分析【3】『フォー24』はブランド浸透に本気だったのか?

前回の続きです。PHO24は、参照させていただいているこちらの記事によれば、日本参入は2011年だったようです。おのずと知れた大震災の年です。

そういう意味では、参入タイミングに関して不運で、参入前にブランドの話題性を高めることが難しかったものと思われます。

それを譲ったとしても、当シリーズのPHO24【その1】でもお話ししましたように、参入前の日本での知名度は相当低かったと言わざるを得ません。

さて、上記の記事より興味深い文言を引用すると、次のものがあります。

セブン&アイ・フードシステムズでは不採算店を大量に閉鎖した結果、財務状況は改善の兆しを見せているものの、大黒柱であるデニーズの売り上げが依然芳しくないため、決して業績が良いとはいえません。当然、デニーズ以外の新しい稼ぎ頭が欲しい状態でしょうが、その際に目を付けたのがこの「フォー」だったのです。(「1年でたった3店“苦戦”フォーPHO24、浮上のカギは男?~運営元のセブン&アイ、女性狙いも目論み外れか~」より)

以上より、PHO24について次の2点が明らかとなります

  1. デニーズを展開するセブン&アイ・フードシステムズが、資金力をバックに連れてきたブランドだったということ。
  2. セブン&アイ・フードシステムズは大量の不採算店を抱えていたということ。

以上2点から、PHO24は、当時のセブン&アイ・フードシステムズの業績を回復させるための“薬”のようなものとして位置づけられてきたということ、そして、同社の内部にそのブランドを日本市場に浸透・定着させることを優先するという発想はあまりなかった、ということが推測できます。

悪く言えば、既存の業態を閉店する跡地にPHO24を開店すれば何とかなるのではないか、という程度の発想だったのではないですか?ということです。

もしそうだとすれば、日本市場で羽ばたけるブランドも羽ばたいて行く事はできません。

外食チェーンのブランドで日本に定着したものは、その日本での一号店を銀座に開店するケースが母数は少ないですが大きな割合を占めます。少なくともマクドナルド、スターバックスはそうでした。

では、PHO24はどこに一号店を開業したか?この話の流れから考えると銀座ではなかったでしょう。では、一号店はどこだったのでしょうか?続きは、次回のブログで。

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