米スターバックスが日本事業の売却を検討している、という報道が出ました。
スターバックス コーヒー ジャパンは、日本における外資系飲食チェーンの成功事例として長く語られてきた存在です。1996年に銀座へ日本1号店を出店して以降、都市部のカフェ文化を変え、現在では全国に約2,100店舗を展開する巨大チェーンになりました。
それだけに、「なぜ成功している日本事業が売却対象になるのか」という点に注目が集まっています。ただし、店舗開発・出店戦略の視点から見ると、このニュースにはもう一つ重要な問いがあります。
それは、スターバックスの日本国内店舗網は、まだ成長余地を残しているのか。あるいは、すでに成熟しきった店舗網なのか、という問いです。
スターバックス日本事業は「成功している」のか
報道によれば、スターバックス コーヒー ジャパンの売上高は2025年9月期で3,401億円、店舗数は約2,100店舗とされています。
単純に売上高を店舗数で割ると、1店舗あたりの年商は約1.6億円です。もちろん、これは単純平均ですので、個店ごとの実態とは異なります。
それでも、外食チェーンとして1店舗平均で1億円を大きく超える水準にあることは、かなり強い店舗網を持っていると見てよいでしょう。
つまり、スターバックス日本事業は、業績不振だから売却が検討されている、という単純な話ではなさそうです。むしろ、優良な事業であるからこそ、投資ファンドや事業会社にとって魅力的な対象になり得る。ここが今回のニュースのわかりにくいところではないでしょうか。
出店戦略から見ると「少しのんびりしている」
一方で、出店戦略の視点から現在のスターバックスを見ると、少し違った印象もあります。
たしかに店舗数は増えています。新商品や季節限定商品の話題性もあります。ブランド認知も非常に高い。日常生活の中でスターバックスを知らない人はほとんどいないでしょう。
しかし、「出店」という観点で見ると、近年のスターバックスには、かつてのような強い勢い、あるいは市場を取りに行く迫力が少し弱まっているようにも見えます。
もちろん、これは低い水準の話ではありません。ブランド力、集客力、平均売上、店舗運営力は依然として高い水準にあります。
ただ、生活圏の中にスターバックスがどんどん増えているかというと、そう感じない地域も多いのではないでしょうか。むしろ、コメダ珈琲店、タリーズコーヒー、ブルーボトルコーヒー、さらにはバーガーキングやマクドナルドなど、広い意味で「コーヒー需要」「滞在需要」「休憩需要」を取りに来る競合の存在感が増している地域もあります。
この点が、店舗開発の視点では重要です。
スターバックスが出店しない場所に、競合が出店する。スターバックスが取り切れていない需要を、他社が取りに来る。これは、店舗網戦略としては見過ごせない現象です。
競合出店を許すことの意味
店舗開発の世界では、競合出店は単なる「近くにライバル店ができた」という話ではありません。
特にスターバックスのように、1店舗あたりの売上が高く、ブランド認知も高いチェーンでは、その周辺に競合が出店してくるのは当然です。なぜなら、スターバックスがある場所は「コーヒー需要がある場所」「滞在需要がある場所」「一定の客層が存在する場所」であることを、すでに証明してしまっているからです。
つまり、スターバックスの出店は、競合にとっても立地評価のヒントになります。
スターバックスが高い売上を取っている。ならば、その周辺にはまだ需要があるのではないか。別の価格帯、別の客席設計、別の利用動機で参入できるのではないか。そう考える競合企業が出てくるのは自然です。
かつてスターバックスの成長期には、競合出店を許すことに対して非常に強い緊張感がありました。
2001年頃、スターバックスがまだ全国的に普及しきっていない時期、日本国内では年間100店規模の出店が進んでいました。その頃の戦略会議で、競合の出店状況を地図で示したところ、米国本社側から非常に強い反応があったという逸話があります。
新宿という巨大なマーケットに、スターバックスだけでなく、複数の競合コーヒーチェーンが出店している。それを見て、競合が自分たちの市場に入り、需要を奪っているという危機感が示されたわけです。
言い換えれば、競合の出店を許すことは、自社の「台所」に他社が入り込み、冷蔵庫の中の食べ物を食べているのと同じだ、という感覚です。
この表現はやや強いかもしれません。しかし、店舗開発の実務では、競合出店とはそれほど切実な問題です。
2001年と2026年では、出店余地の意味が違う
ここで重要なのは、2001年当時と現在では、スターバックスの出店環境が大きく異なるという点です。
2001年頃のスターバックスは、まだ顧客基盤が十分に広がっていませんでした。都市部では強い人気がありましたが、日常的にスターバックスを利用する人の数は現在ほど多くありません。
そのため、既存店の近くに新店を出すと、同じ顧客が複数店舗を使い分け、既存店の売上を食い合うカニバリが起こりやすい状況でした。そのため、渋谷や新宿のような大きな市場でさえも、追加出店に慎重となる意見が社内で出て、出店判断を得るのがなかなか難しい状況でした。
一方、2026年のスターバックスは状況が違います。
スターバックスはすでに生活者にとって当たり前の存在になりました。利用者の裾野は大きく広がり、出店できる立地タイプも多様化しています。
かつてなら「ここにスターバックスは難しい」と考えられた場所にも、現在では十分に成立する可能性があります。
まだ店舗数は増やせるのか
では、スターバックスの日本国内店舗数は、まだ増やせるのでしょうか。
結論から言えば、真面目に店舗網を見直せば、まだ増やせる余地はあると考えられます。
重要なのは、現在の約2,100店舗がどのように配置されているのかを、分解して見ることです。
こうした分析を通じて初めて、「まだ何店舗出せるのか」「どの地域に出すべきか」「どの立地タイプを強化すべきか」が見えてきます。
店舗数だけを見るのではなく、店舗網として見る必要があります。
投資ファンドが入ると何が起こるか
仮に、スターバックス日本事業に投資ファンドが関与することになった場合、出店戦略には大きな変化が生じる可能性があります。
投資ファンドは、一般的に事業価値を高めたうえで、再上場や売却によってリターンを得ることを目指します。そう考えると、スターバックス日本事業の価値を高めるためには、売上成長、利益成長、店舗数拡大が重要なテーマになります。
その結果、出店プレッシャーが強まる可能性があります。
つまり、「もっと出店できるのではないか」「店舗数を増やして売上を伸ばせないか」「未出店・低密度エリアを開拓できないか」という問いが、これまで以上に強く投げかけられることになるかもしれません。
これは、店舗開発部門にとっては大きなプレッシャーである一方、停滞気味に見える店舗網を再構築する機会にもなり得ます。
スターバックスは、単に店舗数を増やせばよいブランドではありません。ブランド体験、客席環境、オペレーション、パートナーの採用・育成、地域との関係性など、出店速度を上げるほど慎重に管理すべき要素も増えます。
しかし、競合が市場を取りに来ている中で、出店を抑えすぎれば、ブランドのプレゼンスは相対的に低下します。
店舗開発の実務では、このバランスが非常に難しいのです。
スターバックス日本事業売却のニュースは、単なるM&Aニュースとして見ることもできます。投資ファンドが買うのか、事業会社が買うのか、再上場するのか。そうした資本政策の論点は、当然重要です。
しかし、店舗開発・出店戦略の視点では、より本質的な問いがあります。
スターバックスは、日本市場でまだ店舗を増やせるのか。
競合に取られている需要はないのか。
ロードサイドや生活圏で、まだ市場カバーできていないエリアはないのか。
現在の約2,100店舗は、最適な店舗網になっているのか。
この問いにどう答えるかによって、スターバックス日本事業の次の成長シナリオは大きく変わるはずです。
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